「粗忽長屋」はお馴染みの滑稽噺である。長屋のクマさんが行き倒れの死体を抱いて「こいつは確かに俺だ」「だけど抱いている俺は誰だ?」とサゲる。絵に描いたような不条理な話である。 自分の頭の上にできた池に飛び込んで自殺するという「頭山」もそういう話のひとつだが、江戸時代の日本人が、まるでカフカが書いたような話を発想していた事が驚きである。
「牛ほめ」は前座話。与太郎が新築した家を褒めに行ってうまくいかず、そこにいた牛を褒めるという滑稽噺である。
「七段目」は歌舞伎の出し物のひとつである七段目のことである。大店の旦那とその道楽息子の話は「二階ぞめき」とか「片棒」とか「火事息子」とか数多くある。「七段目」は歌舞伎狂いの息子の話である。息子と丁稚が芝居を始める場面で鳴り物がなる。それだけで贅沢な話だなーと思う。その場面だけのために三味線の曲師に来てもらうのだから。
トリは「三枚起請」。同じ花魁から年季が明けたら夫婦になろうという起請文をもらった長屋の3人が花魁をとっちめに行く。
初めにすまながっていた花魁は次第に興奮してきて、こっちだって商売でやっているんだ、と逆ギレする。 以前は3人の男たちが花魁をとっちめて終わっていたらしいが、それでは後味が悪い。最近は逆ギレした花魁が男どもをとっちめるというサゲが一般的になってきた。そのサゲだとむしろ爽快感がある。
兼好の噺は滑稽噺でも、芝居噺でもリズムがあり、聴いていて心地良い。特に中ほどにやった「七段目」では、三味線の音に乗って歌舞伎のセリフをやり取りする若旦那と丁稚の掛け合いが絶妙であった。
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